
愛知県岡崎市の松屋コーヒー店です。
写真をアップしていますが、この陶器なにか分かりますか?
5月6日の日曜日に、矢作川にて見つけました。
今の矢作川の水位は非常に低く、普段川底である場所が砂地になっていたりします。
田んぼに水が必要な為かもしれませんが。
普段川底であろうと思われる場所で、子供と一緒に土器の破片拾いをしていました。
私も子供の時に矢作川で土器拾いをして遊んでいたので、今ではくだらないと思いましたが同じ遊びをさせていたところ、子供が埋もれている写真の土器を発見しました。
掘り出してみれば、かなり立派!
口の部分が無いけれど模様などもしっかりしています。
子供なんか模様を見てポーネグリフだねって!考古学者ニコ・ロビン気取りです。
喜んで家に持って帰って嫁さんに『すげえ土器みつけっちゃってー』って見せたら『なにそれ、おかざきっ子展の作品じゃないのー』だなんてケチョンケチョンに言われました。
以前から、矢作川で土器の破片を拾って嫁さんに見せても『そんなの本当に土器なの?』とか『ふ~~ん』とか言って興味無く信じてもらえなかったけど『おかざきっ子展の作品とは見る目ないな!』
岡崎市の矢作川河床の土器は有名だし、基本的には市の所有になるから取得できないことも知ってはいたけど、これが本物なのか歴史的価値があるかなんてズブな素人には全く分かりません。
『これ何ぃ~』って聞く人もいなければ知っている人もいません。
だだ嫁さんいわく『そんな、おかざきっ子展の作品みたいな分けわからんもん家にはいらん』そうだ。
こんなに立派なのに・・・
翌日、くやしくて会社に持って行き社員に見せた。
みんな土器だなんて信じなかったよ。まさか社内でも『おかざきっ子展の作品?』って声があがるとは!
社長にいたっては矢作川で土器が出ることを良く知っているのに『何だほれ、コマみたいだな~。ほんな大きい土器出るか~』って。
『オレは岡崎生まれの岡崎育ち!30年以上前の小学生から、社長の友達の父(引っ越して聞くにも聞けない)と一緒に矢作川で土器拾っていたから土器だと思う』って言っても笑い声が・・・
さらにくやしくなり、会社のパソコンから愛知県埋蔵文化財調査センターって言う所に『岡崎市内の矢作川で発掘・何処に報告したらよいか分かりません』の文字と写真を添付してメールをしてしまいました。住所・氏名・連絡先も入れずに。まあメール元に会社名が出るのは知っていましたが、問い合わせ場所も分からなかったし、そこのホームページに安城市古井町で発掘された弥生土器の写真があり、それによく似ていたからです。
岡崎市の美術館や郷土館のページ・市役所のページも見ましたが、問い合わせメールアドレスの記載が確認できなかった為、愛知県埋蔵文化財調査センターさんのメールアドレスに勝手に送りつけました。
なんでも鑑定団のページも見ていましたが、これは岡崎市の財産だー!・・・
そんなところで数時間後、岡崎市教育委員会・社会教育課文化財班の方から会社に電話が!!!
メールの差出人名『松屋コーヒー』だけで連絡先を調べて電話して下さいました。すごい、こんな短時間に!
メールを転送して報告先に連絡して頂いた愛知県埋蔵文化財調査センターさんにも感謝です。
『弥生土器です』と電話で言って頂いた時には、天にも舞い上がるほどうれしかったです。翌日に会社まで引き取りに来てくださった時に、色々話が聞けました。
弥生時代は紀元前300年と紀元後300年の間600年間位で、今回見つかった土器は弥生時代中期ごろだそうです。約2000年前の土器って事になりますね。矢作川は川全体が『矢作川河床遺跡』(やはぎがわかしょういせき)と言って、川底に縄文時代以降の土器や遺跡などが数々沈んでいるそうです。今では堤防があって川の位置は変化しませんが、昔は川の流れ次第で位置が変化して矢作川近辺で生活していた場所が今では川底になったりしているからです。川の中に井戸があったりしています。
今回の土器は胴部で、本当は下に広がった高台がもう少しあり、口も上に伸びているそうです。
通称『そろばん型土器』って言うんだって、胴部がそろばんの玉の様な形ですよね!
社長ざんねーん。コマなんかじゃなくソロバンだよ。
また今回と近くの場所で出土するかもしれないので、出たら連絡くださいねって。
こちらこそ、わざわざ有難うございました!スッキリしましたよ。
それにしても今回の件で子供が歴史・文化等に興味をもってくれたら良いなと思いました。
岡崎市から出ないかな、ニコ・ロビンの様な考古学者。
残念ながら自分の子供は男の子だからね~・・・
じゃあ最後にこの文句で締めくくります『クラッチ!』